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『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』 要約その6 第29〜33章

『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』

著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン

訳: 山本貴光

 

 

 

今回は29章から終わりの章である33章まで一気に要約したいと思います。

元々はそれなりの分量のある章ですが、ゲーム評論に役立つであろう部分だけ抽出するような形でまとめます。

 

 

1.ユニット29章 文化を定義する (P466-484

「文化という文脈は、表現やゲームの遊びに対して、どんな影響をもたらすのか。反対に、ゲームは、文化という文脈に対してどんな影響を及ぼすのだろうか。(中略)ここではこうした疑問に注目してゆくことにしよう。」(P467

 

『ゲームデザインという目的に照らして、「文化」を、ゲームの魔法円の外側にある物事、ゲームが行われる環境や文脈を指していると理解しておこう。』(P473

 

「ゲームを文化として考察するということは、その魔法円を超えてゆき、ゲームが、ゲームそのものの実際のルールや遊びの外側にある文脈と、どのようにやりとりするかを考察することである。」(P484

 

どんなゲームも何かしらの形で文化(魔法円の外、ゲーム世界の外)を反映しており、逆に、ゲームが文化に影響を与えることもあるということです。「変化をもたらす遊び」はゲームのルールだけでなく、文化の水準でも起こります。

「文化」は無数の定義がある言葉ですが、ここでは引用の通り、単に魔法円の外の世界・物事として扱われます。

 

 

「ゲームを文化の表現物として考察する場合、ゲームを文化の織物と捉えている。ゲームを解釈して読み解くことは、文化人類学や文化研究において行われる分析にも似たことである。」(P484

 

やや余談ですが、ゲームを他の芸術形式や社会、政治などと結び付けて評論したものは多くあります。一般的にゲーム評論というと、この水準で行われているように思います。

 

 

 

2.ユニット4 第30章 文化の表現法としてのゲーム (P489-528

「ゲームは、文化を学ぶための社会の文脈となるものだ。つまり、ゲームには思考様式という側面がある。ゲームは、社会がその価値観を伝える一つの文脈なのである。」(P528

 

「文化全体の中でつくられ遊ばれるものとして、どんなゲームもその文化の文脈をある程度反映している。本章では、この前提について、さらに深く掘り下げてゆき、とりわけゲームが文化の価値観をどのように反映しているかということに注目しよう。」(P490

 

「ゲームとは、社会の価値観が具現化する場であり、そうした価値観を伝える場でもあるということだ。」(P490

 

例えば、戦争をテーマにしたゲームでは、たいてい国のために命がけで戦うこと、テロリストの撲滅などが描かれています。多くの映画や文学などと同様、ゲームは社会規範、社会で良いとされる行動などを反映しているということでしょう。

本章に限らず、ユニット4に通底するものとして、より広い文化の中にゲームを位置づけてデザインすることの重要性を説いているのだと思います。

 

『現代の西洋文化で広く普及している表現法は「成長としての遊び」だ。つまり、遊びとは子供のものであり、遊びに価値があるのは、子供たちが大人へと適切に成長してゆく役に立つからだ、という考え方である。』(P528

 

『「新しいゲーム運動」は、ここ数十年で衰えたとはいえ、アメリカ合衆国での体育に多大な影響を及ぼしたと言われる。例えば、小学校の体育の時間に、大きなゴム製の地球ボールやパラシュートで遊んだことがあるなら、「新しいゲーム運動」に感謝しよう。この運動が、従来スポーツに基づいて作られていた体育のカリキュラムを、もっと遊びを中心に据えた、協力して学ぶ経験へと変える後押しをしたからだ。』(P520

 

「新しいゲーム運動」は1960年代後半から起こった社会運動で、それまでの遊びやゲームにおける対立・競争といった要素を組み替え、対立と協力の境界を意図的にあいまいにするようなゲーム群を生み出しました。

それはゲームが社会を変化させる、大規模な「変化させる遊び」の例です。遊びを通じて社会を変化させるため、これは「変化をもたらす文化の遊び」と呼ばれます。

 

 

 

3.ユニット4 第31章 開かれた文化としてのゲーム (P533-571

『「開かれた文化としてのゲーム」とは、ゲームの構造が、プレイヤーにはっきりと創作の手段を与えるようなゲームデザインのモデルを意味しているのである。』(P537

 

『プレイヤーは、そのゲームのシステムを手に入れて、そこに何かを付け加えたり、削除したり、遊びの経験をすっかり変化させるよう水を向けられることになる。これを「制作者としてのプレイヤーの方法論」と呼ぶことにしよう。』(P537

 

「プレイヤーが制作者になる場合、その活動はメタゲームの一種である。というのも、彼らはそのゲームと魔法円の外でやりとりするからである。」(P571

 

ここでは、いわゆるサンドボックス系ゲーム、TRPG、あるいはMODの制作など、プレイヤー自身が新しい遊びを作り出せるものが扱われています。

プレイヤーが作り出す作品はMODなどに限らず、「マシニマ」(デジタルゲームを使って作られるアニメーション、動画、映画)のように、もはやゲームという形式をとらないものまであります。

そのように、プレイヤー自身をゲームデザインの側へ引き込むことで何が得られるか、といったことが語られています。

 

 

『「ゲームシステム」はコンピュータのオペレーティングシステムに似ている。一つのOSで、いろいろな種類のソフトウェアを走らせることができる。ちょうど、一つの「ゲームシステム」で、いろいろな種類のルールを「走らせる」ことができるように。』(P554

 

ここでの「ゲームシステム」はトランプのように、同じ構成要素を使って無数のルール、無数の遊びを展開できるものを指します。そこでは、同じ構成要素を使ってプレイヤー自身が新しい遊びを生み出すことができます。

プレイヤー自身が遊びを無数に生み出せるような仕組みを作ることもゲームデザインの一つの手法であるということでしょう。

 

 

4.ユニット4 第32章 文化的な抵抗としてのゲーム (P575-601

この章は特に要約すべき内容がありませんので省略します。

 

 

5.ユニット4 第33章 文化的な環境としてのゲーム (P605-642

この章では、これまで使ってきた本書のゲームの定義の一部を再検討します。

 

『この定義のうち、だんだんと疑わしく思えてきたのは、「ゲームとは人工物である」、つまり日常生活から隔離されているという考え方だ。』(P605

 

この点を考察するためにLARP(ライブアクションロールプレイング)などが取り上げられています。

それらのゲームは魔法円の存在や境界をかなりあいまいなものにしていますが、魔法円自体が完全に消えているわけではありません。(LARPについての説明は省略します)

 

「文脈の点で捉えた場合、魔法円は、透過しない遮蔽物ではなく、通り抜けられる境界である。」(P606

 

魔法円自体のとらえ方も再検討され、それは閉じられた空間ではなく、行き来できるもので、日常空間とつながりがあるということが明確にされます。

 

「暗黙のルールは、エチケット、気質、慣習、文脈という形を取りうる。これは文化の権威の現れであり、ゲームの人工物という性質を、ゲームがその中に存在している現実世界の文脈へと関連づける。」(P642

 

ルールという水準で魔法円を形作る要素には、これまで触れてきたように3つの水準のルールがありました。

その中でも、暗黙のルールは特定のゲームだけのものではなく、様々なゲームにある程度共通する要素です。その中身はおおむね社会常識に近いものから成っています。

暗黙のルールに従うということは(広い意味の)文化的な慣習に従うことであり、その意味で、やはり魔法円は日常空間と地続きだと捉えることができます。

 

ゲームはやはり人工物でありますが、「人工」の部分とそうでない部分はあいまいなところもあり、「変化をもたらす遊び」が文化に影響を与える(まさに変化させる)ように、ゲームと現実(日常)は相互に影響し合うものであると結論付けられます。

あくまで、ゲームはデザインされたものであり、隅から隅まで人工ということではないにしろ、何らか人工的な要素が核となっているということです。

: ゲーム研究 : 06:28 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』 要約その5
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光
今回の要約範囲: ユニット3 第28章 人づきあいの遊びとしてのゲーム(P367-435)


「何世紀かにわたって眺めてみれば、ゲームというものは、人づきあいの経験、人びとが互いに関わり合う手段、みんなで一緒に遊ぶ手段と位置づけられてきたものだ。」(P367)

「プレイヤーたちが、あるゲームの中で、そのゲームによって互いに関係しあう際に生じる意味、このことを中心として、人づきあいの遊びとしてのゲームを吟味しよう。」(P369)

この章では、人づきあい、人同士の関係という観点からゲームを見ていきます。

ゲームを人づきあいの遊びとして見ると、プレイヤー同士の関係は二つの水準から成っています。
・魔法円の中で生じるもの:ルールから生じる関係
​・外部:「〔ゲームに〕先んじて存在している友人関係や競争意識」(P368)

そのようなプレイヤーの集まりを「遊びのコミュニティ」といいます。
「遊びのコミュニティとは、遊びに参加しているプレイヤーの集団のことだ。」(P391)
​​「遊びのコミュニティは、いつでも、プレイヤーの集まりが一緒にゲームで遊び始めれば生じるものだ。」(P371)

,△詁、あるときゲームに一緒に参加するプレイヤーの集まり(その場限りの関係)
​▲押璽爐離ぅ戰鵐箸覆匹砲けるプレイヤーの集まり、あるいはある程度特定のジャンルのゲーム仲間の集まり
2次創作なども含めた、より広い意味でのファン集団など

​おおむねこの3つに分類されていますが、明確な定義は示されていないようです。
これら遊びのコミュニティを一つのシステムとして見た場合、境界があるかないか(環境と交換するかどうか)によってさらに詳しく分析することができます。

・境界のある遊びのコミュニティ
特定のゲームの魔法円の中に存在する閉じたシステムであり、ゲームでのやり取り、結果などはプレイヤー同士の現実的な(魔法円の外での)関係には影響しない。

・境界のない遊びのコミュニティ
環境との間で交換が生じる開いたシステムである。ゲームの結果などが人間関係にも影響を与えること、あるいは二次創作などの活動も含む。

,呂曚箸鵑百超との交換がなく、境界のある遊びのコミュニティです。△篭界がある場合とない場合があると考えられ、では完全に開いたシステムになり、境界のないコミュニティになっています。
余談ですが、,魯襦璽訖渕阿亡悗錣蝓↓△魯襦璽訖渕阿ら経験図式にまたがり、は文化図式に関わるものだといえるでしょう。


​前章までで何度か触れられてきた「変化をもたらす遊び」は、人づきあいの水準でも起こるといいます。

​「変化をもたらす人づきあいの遊びでは、プレイヤーはゲームの文脈を使って人づきあいの関係を変化させることができる。(中略)他のプレイヤーとの関係を変化させ、拡張子、破壊するためにルールシステムを操作する。変化をもたらす人づきあいの遊びは、固定されたルールで、不明瞭なところがなく、全農の権威を振るうものと見る形式的なルール理解を見直すように強いる。」(P403)

これは、ゲームを通じて魔法円の外にまで及ぶ人づきあいを変化させた結果、ゲームのルールまでも変化させるということです。
本章では、ゲームのプレイの仕方が気に入らないプレイヤーを、ルールを変えることで締め出してしまおうとする子供たちの例が紹介されています。

こういった例から、主にアナログゲームにあてはまることですが、​ルールには二つの区分があることがわかります。

理想のルール:ゲームの公式の規定。公式ルール。
現実のルール:コミュニティによって定められた規則や慣習。いわばローカルルールなど。


これら本章の内容をまとめあげるような概念が「メタゲーム」です。

『「メタゲーム」とは、「ゲームを超えたゲーム」という意味であり、ゲームのルールからではなく、周囲の文脈との相互作用から生じてくるゲームの遊びという側面を指している。メタゲームは、ゲームとその外にある要素との関係のことで、そこにはプレイヤーの態度や遊び方はもちろんのこと、人びとのあいだでの名声やそのゲームが遊ばれる人づきあいの文脈まであらゆるものを含んでいる』(P419-420)

そのようなメタゲームの中身を分類するにあたり、マジック・ザ・ギャザリングのデザイナーとして知られるリチャード・ガーフィールドの理論を借りています。
​一つずつ実例を確認していきましょう。

.押璽爐縫廛譽ぅ筺爾持ち込むもの
・ゲームの材料: ゲームプレイに必須の構成要素。ゲーム盤やコマ、ラケットやボール、プレイに必要な最低限の運動能力など
・戦略の準備あるいは訓練: デジタルゲームにおけるマップやダンジョンの暗記など
​・ゲーム周辺の材料: ゲームの攻略情報、必勝法など
​・プレイヤーの評判: 参加しているプレイヤーがどんなプレイヤーか(どんな手を使うかなど)

▲廛譽ぅ筺爾ゲームから持ち出すもの
​・賭けで得られる金銭や景品
・ゲームについての(ストーリーなどの)経験

ゲーム同士のあいだで生じること(試合から試合までの間にプレイヤーが行うこと)
​・次の対戦、試合の戦略を練る、練習をする
​・「ゲームの材料」を新調、改良する
​・ゲームのストーリーなどの背景知識を蓄えておく

ぅ押璽爐療喘罎任修離押璽牋奮阿棒犬犬襪海
​・スポーツの試合中の天候変化
・ゲームを通じた人づきあいの変化
​・対戦相手を(現実的に)脅す、威嚇する、罵声を浴びせる


本章は以上です。
これで​経験図式から文化図式へ移行していくにあたっての準備が整いました。
: ゲーム研究 : 15:09 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』 要約その4 シミュレーションの遊びとしてのゲーム
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光
今回の要約範囲: ユニット3 第27章 シミュレーションの遊びとしてのゲーム(P274-363)


本章では、ゲームのシミュレーションとしての側面、およびシミュレーションと現実との関係を考察します。
​最初の話題は「シミュレーション」とはそもそも何か、です。
『シミュレーションとは、「現実」の側面を進行過程として表現したものである。』(P280)

「いかなるゲームもシミュレーションとして考察できるということを主張してゆこう」(P283)
 
本書では『テトリス』も一種の物理現象のシミュレーションと見なしています(ブリックが重力にひかれて落下するため)。
一部にでも現実にある何かを表現したものがあればシミュレーションとして見なすという立場を取るため、あらゆるゲームはシミュレーションであると結論付けているのでしょう。

「進行過程」という言葉は整理が必要ですね。
『「進行過程」という語は、ゲームが示しうる、あらゆる種類の過程に基づいた手法を略記したものだ。』(P290)
​「進行過程の表現とは、過程に基づいた、動きのある描写だ。進行過程の表現とは、シミュレーションがいかにしてその対象となる物事をシミュレートするかということである。」(P362)
 
何かに向かっていく道筋に基づいた、動きを伴う描写・表現、といったところでしょうか。
​もう少し「進行過程」とゲームの関係を詳しく見ていきましょう。

​「ゲーム全体を、特定の対象について進行過程で表現したものとみなすことができる。さらに、ゲームにはより小さな進行過程の表現が含まれており、そこからより大きな描写がつくられるのである。」(P362)

具体例を考えてみます。個人的に考えやすいので『東京バス案内』にします。(多分『電車でGO』とかでもOK)

特定の対象: バスの運転
​特定の対象を進行過程で表現: 出発地点から、途中駅を経由して目標地点まで、リアルタイムでバスを運転する表現
​小さな進行過程の表現: ハンドル操作、アクセル&ブレーキ操作、ウインカー操作など個々の(動作を伴った)表現

ざっくりいくとこんなところでしょうか。
​ここまでが「シミュレーション」自体の考察。


​では、そのようなシミュレーションという観点からゲームを見るとどうでしょうか。
ゲームではないシミュレーションも世の中にはたくさんあり、そういったものをゲームを分ける要因は何でしょうか。
いまいちど、本書におけるゲームの定義を振り返ります。

「ゲームとは、プレイヤーがルールで決められた人工的な対立に参加するシステムであり、定量化できる結果が生じる。この定義の鍵となる要素は、ゲームがシステムであること、プレイヤーがシステムとやりとりすること、ゲームとは対立の例であり、その対立は人工的に作り出されたものであること、ルールは、プレイヤー の行動を制限し、ゲームを定義すること、どんなゲームにも定量化できる結果、もしくは目標があること。」(『ルールズ・オブ・プレイ(上)』P169)

​鍵となるとなるのは本書のゲームの定義にも含まれている「対立」、つまり、プレイヤーを人工的な対立に参加させることでしょう。
​「対立」が含まれないシミュレーションは数多くあり、そのどれもが一般的にはゲームと認識されないものです。

​しかしこれでもまだ十分ではなく、例えば自動車教習所にあるようなドライブシミュレーターはどうなのか、といった疑問が生じます。
​これはかなりあいまいな例ですが、おそらくは遊ばれ方(使われ方)次第なのだと思います。
運転技術の習得という、現実・日常生活に直接関係のあるものとして取り組まれればそれは訓練です。
しかし、(かなり特殊な状況ですが)すでに運転を習得したドライバーがドライブシミュレーターを使えば、それは単なる遊びとして捉えることもできるでしょう。


「ゲームは動的な過程によって対立を表現するものだという洞察は、ゲームで特定の内容ばかりが流行している理由を説明するのに役立つ。」(P300)

ゲームには「対立」が必須になるため、シミュレートしやすいものとしにくいものがあるということです。​戦争や何らかの戦闘を扱ったゲームが無数に存在する(むしろそういったものばかりある)のは、それらがそもそも対立という要素を直に含んでいるためシミュレートしやすいという理由があります。


​「シミュレーションとは、抽象的、数値的、限定的、システム的なものだ。一つのシミュレーションが広くかつ深いということはあり得ない。」(P362)

「どうしてゲームは、幅広くかつ深く、両者を満たすようにシミュレートできないのだろうか。(中略)時間と予算の限度だけではない。(中略)意味ある遊びは、プレイヤーが、限られた知りうる選択肢から、意味ある選択を下せるからこそ生じてくるものだ。それだけに、プレイヤーがシミュレートされているあらゆることを認識するのに支障があれば、知りうる選択肢についても理解の程度が低くなってしまうだろう。」(P323-324)

あらゆる面で現実(日常)を完璧にシミュレートできない理由には、作り手の限界だけでなくプレイヤーがついていけるかどうかという遊ぶ側の限界もあるということです。
​自由度の高いオープンワールド系のゲームであっても、実際にできることは(現実と比べて)相当に限られ、数値化や抽象化によって表現されています。


次に触れられるのが、ゲームとリアリティについて考える際の誤った捉え方です。

(没入の誤解とは)「ある表現媒体の経験から得られる楽しさは、その参加者を、架空の、シミュレートされた現実へと感覚の上で移動させてしまう能力にかかっている、という発想のことだ。」(347)

​「プレイヤーは、ゲームに夢中になる。それはその通りだ。だが、遊びそのものを通じてのめり込むのである。先に見たように、遊びはメタコミュニケーション、二重の意識の過程であり、プレイヤーは遊びの状況が人為的なものであることを十分自覚しているのである。」(P350)

​究極にリアルなゲームとは現実と区別がつかないことだ、という意見を目にするのは特に珍しいことではないでしょう。
​しかし、これまで見てきたように、プレイヤーは自分が魔法円の中にいることを明確に意識しています。
​没入とは架空の作品と現実(日常)の区別・垣根がなくなるということではなく、対象を架空の作品と認識しながらのめり込むことである、ということでしょう。
​この主張を補強するため、メディア論から理論が引用されています。

「メディア評論家のボルタ―とグルシンは、どんなメディアも再媒介化によって機能していると論じている。再媒介化には相反する二つの要素として、無媒介性、つまり、正しく忠実な表現を前提とするものと、超媒介性、つまり、媒介表現が具えている構成されたものという性質を強調するものとがある。」(P363)

◇無媒介性と超媒介性
​無媒介性:メディアがとても本物らしく、現実(日常)と区別がつかないように思えること
​超媒介性:メディアが人工物であることを思い出させること
再媒介化:メディアがとても本物らしく感じるが、それと同時に人工物であることを思い出させること

こんな形でまとめることができます。
​本章であげられている例はウェブカメラで、高品質なウェブカメラで映した通話相手の顔は実に本物らしく見えるが、PC、カメラ、画面などを通して通話していることを認識している(させられる)ため、人工物であることも常に思い起こさせるという具合。
そしてこの特徴はあらゆるメディアにあてはまる、と。


​最後に触れられるのがゲームにおける「キャラクター」とプレイヤーの関係です。

「プレイヤーは遊びに伴う二重の意識によってゲームキャラクターと関わっているのだ。(中略)プレイヤーはキャラクターが人為的にこしらえられたものだということを十分自覚しているのである。」(P355)

「心理学者のゲイリー・アレン・ファインは、ゲームプレイヤーの意識を三つの層に分けている。ゲームのキャラクターとの直接の同一化、プレイヤーとしてゲームの過程に参加すること、人間として、より大きな人づきあいの文脈の中にいるということである。」(P363)

​「ファインによる三層モデルは、遊びの二重の意識を拡張したものだ。プレイヤーは、自分が遊んでいることをいつも自覚している。そうしたことを弁えた上で、人間、プレイヤー、キャラクターの役割を自由に行ったり来たりするのだ。ゲームのプレイヤーは、魔法円が維持されているあいだ、自在に往来して、没頭したり我に返ったり、プレイヤーやキャラクターの枠を破ったりするのだ。」(P358)

ゲームと同一化を考える上で非常に重要な指摘ですね。
​ゲームはキャラクターとの一体感を強く生み出す点から同一化ばかりに目が行ってしまいますが、実態はもっと複雑であるということでしょう。
: ゲーム研究 : 23:25 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』 要約その3
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光


1.ユニット3 第25章 意味の遊びとしてのゲーム(P147-P170)
『プレイヤーはどのようにしてゲームの表現を経験するのか。ゲームの表現と「現実世界」にはどんな関係があるのか。ゲームは、どんな表現のあり方を提供できるのか。この図式「意味の遊びとしてのゲーム」では、こうした問いに焦点を当ててみよう。』(P147)

最初に触れられるのが、ゲームの表現のあり方です。
​二通りのとらえ方があるといいます。

ゲームは表現できる:何かを表すことができる(物語としてのゲーム)
ゲームは表現である:何か別のものを表すことができる(シミュレーションとしてのゲーム)

「こうしたゲームと表現をつなぐ二つの道は、密接に関係し合っている。ゲーム内部の各種表現形態は共働することで、複合表現を生み出し、ゲームシステムからいっそう広く発することになる。」(P149)

双方は独立したものではなく、一つの作品の中に両方の側面が含まれていることが大半です。


​ゲームを意味のシステム(意味を生み出し伝えるシステム)として見ると、ルールによって支えられていることがわかります。

​例としてあげられるのがバーチャファイターなどの格ゲーにおける体力ゲージと制限時間、勝利条件です。
​一般的な格ゲーの場合、以下のような作りになっています。

​勝利条件:相手の体力を0にする、時間切れ時に相手より体力が多い
​体力ゲージ、制限時間:プレイヤー双方に見える形で公開されている

例えば100%vs30%で残り10秒であれば、100%側は逃げ切ろうとするのが得策ですが、残り30秒なら100%も油断できず、ある程度の攻めも必要になる(とプレイヤーが判断する)といった具合です。
勝利条件の2つは構成のルールの一部ですが、その経過や状況を把握するための仕組みである体力ゲージ、制限時間表示がプレイヤーの行動を大きく左右することがわかります。
体力ゲージや制限時間表示といった、システム内のたった一つの構成要素であっても、複数にわたる意味を同時に伝えたり、ゲーム状態の推移に応じてまた別の意味に変わったりするということです。

​「ゲーム中の意味は複雑な表現のループを作り、プレイヤーのやりとりによって影響したり影響されたりする表現を生み出すのである。」(P152)

この一言にそれらがまとめられています。


次に重要な点が、​ゲームは遊ばれることで意味を解釈されるということです。

「プレイヤーは、ゲーム世界とやりとりして、ゲーム世界を解釈して、記号と遊んでみて、そうした記号が何をしそうか、何を意味しそうかということを知り、こうしたことからゲーム世界についての情報を得るということだ。」(P157-158)

本章でも例としてあげられていますが、探索型のADVやFPSなどをプレイしている状態を思い浮かべるとイメージがしやすいです。
例えば、開かないドアがあって、そこからやや離れたところにボタンある。
​とりあえずボタンを押してみると先ほどのドアが開く。
​これによって、プレイヤーはボタンを「ロックされたドアを開ける装置」という意味で解釈することが可能になる、という具合。


次に確認される重要な概念が「認知の枠組み」です。

​「認知の枠組みとは、人が世界をどのように見るかということをまとめ上げる手段である。認知の枠組みとは、人が物事をどのように理解するかに影響する。」(P163)

これは遊びを成り立たせている必須の要素としてあげられています。言うならば、魔法円を成立させている要素です。
​つまり、参加者が「これは遊びだ」と認識できているからこそあらゆる遊びは成り立つということです。
​それを「​メタコミュニケーション」という概念を使って説明しています。

「メタコミュニケーションとは、遊びの文脈において行われる意思疎通である。」(P170)

『遊ぶということは、単にルールや遊びの儀式に従うことだけではなく、遊びの行動は「ただの遊びであってそれ以外のことではない」という認識を継続的に伝えるということだ。』(P165)

​つまり、プレイヤーは魔法円の中に入ってゲームのルールを受け入れつつも、魔法円の外のこと、つまりただ遊んでいるだけであるということも同時に認識しているということでしょう。



2.ユニット3 第26章 物語の遊びとしてのゲーム(P174-P270)
​『物語はいったいゲーム中のどこに存在しているのだろう。どのようにしたらゲームを物語の経験としてデザインできるのか。(中略)意味ある遊びをデザインする上で、物語はどんな役割を果たすのか。この「物語の遊びとしてのゲーム」図式では、こうした問いに迫ろう。(中略)この章では、「ゲームは物語かどうか」ではなく、「〔ゲームは〕どのような物語なのか」ということを問いたい。』(P176)

​ゲームは物語かどうかという議論は数多くありますが、本書ではゲーム=物語という見方を自明のものとして扱うようです。
​物語自体の定義も特にされず、最低限の簡単な特徴を述べられているだけです。
そのためか、訳注にも「物語」を「何らかの出来事を描写する枠組み」(P175 訳注2)と捉えると良いと補足があります。

ゲームを​ストーリーの面から語る場合、普通はシングルプレイのゲームを取り扱いますが、本書ではそれにとどまらず、マルチプレイのゲーム(例えばカウンターストライクなどのFPS)やスポーツまでも創発する物語であるととらえています。
バレーボールの例では、「プレイヤーがボールをサーヴするたび、このネットを介して攻守の劇的な物語が生じるのである。」(P208)とあります。
​やはり訳注の通り、物語=出来事の描写程度の意味でしかないようです。


最初に​ゲームの物語の構造を見ていきましょう。

「ゲームの総合的な物語の経験としては、固定の手法と創発の手法の両方を含んでおり、一つのゲーム構造の中で編みあわされているのである。」(P194)

「固定した〔物語の〕要素は、予め作っておかれた物語の構成要素だ。例えば、短い映像や筋書きの決まった場面など。」(P268)
​「創発する物語の要素は、プレイヤーがゲームとやりとりして進んでゆく中で作り出されるもので、ゲームシステムの働きから生じる。」(P194)

​あらかじめ用意された物語(説明書やオープニングなどで語られるもの)と別に、プレイヤーがその都度個別に経験する物語があるということです。
​固定した物語は創発する物語に文脈を与え、創発する物語はプレイヤーがゲームを遊ぶたびに無数に変化すると考えられます。
​その意味で、一つのゲームの中に無数の物語があると考えられます。


​次に、ゲームにおける物語の描写要素です。

「ゲームに含まれているどんな要素にも、物語の可能性が満ちている。ゲームの物語に関わる構成要素は、背景ストーリーとカットシーンだけではない。どんな表現にまつわる要素でも、物語の描写要素たりうるのであり、自分のプレイヤーに経験させたいストーリーをプレイヤーに伝える機会なのである。」(P230)

描写要素の総体は​二つに区分されます。
​架空世界:「そのゲーム世界の物語を含んでいるより大きな枠組みである。」(P269)
​ストーリーの出来事:「ゲームが進むにつれて生み出されてくる、物語の遊びの個別の場面である。」(P269)

プレイヤーがゲーム内で触れうるものが「ストーリーの出来事」、直接触れることはできないものの、存在すると想定できる世界が「架空世界」ということですね。
やや余談ですが、よくプレイヤーは「世界観はいいけどストーリーがいまいち」というような評価をすると思います。
​この区分を用いると、なんとなく使われているこういった言葉もきちんと整理して理解できます。

​「どんな表現にまつわる要素でも」というのは、明確に言葉で語られるもの(オープニングやイベントシーン、エンディングムービーなど)だけなく、登場するキャラクターや街並み、音楽など、架空世界について何かしらの情報(知識)を伝えるものもすべて物語の描写要素と考えられる、ということでしょう。

​結論として語られるのは、ゲームは物語のシステムであるということです。
​背景ストーリー、カットシーン(イベントシーン)、登場するキャラクターやオブジェクト、会話内容、ゲーム世界の街並みや地形など、諸々の構成要素が組み合わさり、構成要素の総和以上のものが出来上がっています。


​また、当然のことながら、プレイヤーがゲームを理解する際にゲーム以外のものの助けを借りていることも語られています。

「ゲームにおける表現というものは、他の文化から孤立して存在しているものではない。ゲームの表現は、他の表現形態の物語のジャンルから引き出された約束事をあてにしている。(中略)ほとんどの場合、何らかの点でプレイヤーに馴染みのあるものだ。」(P230)

​「ゲーム世界の設定を理解するには、プレイヤーは、他の似たストーリーの知識をあてにする。」(P231)

​これらは当然ゲームに限って起こることではありませんが、受け手の作品に対するこういった理解の仕方はゲームにもあてはまるということでしょう。
: ゲーム研究 : 01:48 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』 要約その2 第23〜24章
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光

 
1.ユニット3 第23章 経験の遊びとしてのゲーム(P35-67)
この章では「ゲームがどのようにしてプレイヤーの経験を作り上げるのかを具体的に検討する」(P35)とありますが、いくつかのゲームを例に、プレイヤーがどんなことを考え、何を判断しているかを一般論的に整理したに過ぎず、特に目新しいものはありません。
最低限今後必要になりそうな部分だけ書き留めましょう。


​ブライアン・サットン=スミスの『文化としてのオモチャ』からゲームの経験における5つの要素を引用しています。

​・視覚による精査ー視覚、特に一度に画面全体を精査すること。
​・聴覚による識別ーゲーム中の出来事と合図を聴きとること。
・筋肉の反応ーゲームを操作する際にプレイヤーが行う身体行動。
・集中ー遊びに対して強く集中すること。
・学習の知覚傾向ーゲームそのものの構造を知るようになること。
(本書P37-38より)

​「サットン=スミスの五つの分類は、初期の一人用コンソールゲームの経験についてはうまく説明しているが、ゲーム全般をきちんと包括的に扱うわけではない」(P39)とあるように、これはシングルプレイのデジタルゲームについての説明ととらえるべきでしょう。
「インタラクティヴィティ」の章で扱ったプレイヤーの選択の過程を経験図式から整理するとこのような形になると考えられます。


​プレイヤーの経験を形作る要となっているものが「中核となる仕組み」であるといいます。
「中核となる仕組み」とは、「その遊びにとって要となる行為のこと」(P42)です。それはゲームの中で何度も何度も繰り返されます。
​『鬼ごっこ』であれば走ることと追うこと、一般的なSTGであれば回避と射撃(敵を撃ち落とす)、といった具合。


 
2.ユニット3 第24章 楽しみの遊びとしてのゲーム
この章では「楽しみ」「楽しさ」という観点からゲームを分析します。
​最初の問いは、なぜ人はゲームで遊ぶのか(何を目的に遊ぶのか)、です。
 
「ゲームとは非常に自己目的的なものであるということは明らかだ。」(P77)
「ゲームで遊ぶ誘因の一部は、ただ遊ぶことであり、しばしばそれが第一の動機の源になっている。」(P77)
「ゲームはたいへん強力な自己目的の要素があるため、ゲームはほとんどの場合、非実用的である。」(P77)
「人は、ある程度、遊ぶことを自体を目的としているのである。」(P78)

​長年ゲームで遊ぶことにどんな価値があるのかを考えてきましたが、これらはそれに対する一つの答えでしょう。
ゲームがうまくなることの価値についても同じくらい考えましたが、それを考える上でも土台になりそうです。


​良いゲームというのはプレイヤーに時間を忘れさせ、ひたすら没頭させますが、それを分析するために「フロー状態」という概念を整理・考察します。

「フローとは、なによりも人がやり遂げたという感覚や達成感を懐いたり、自分の存在感をいっそう強く感じる際、幸せに集中し没頭した感情や心理の状態である。」(P89)

「フローが、ゲームだけに適用されるということではないし、ゲームであればなんであれ、プレイヤーにフロー状態を生み出すということでもない。要するにゲームは、フローを作り出す最たる活動の一つだということだ。」(P92)

「フローの八つの構成要素のうち以下の四つは、フロー状態の効果を述べたものだ。
・行動と自覚の融合
・集中
・自分の存在感の喪失
​・時間の変質」
(P92)

​「〔以下の四つは〕フローの効果というよりは、フローの前提条件を表したものだ。
・困難な活動
・明確な目標
​・明確なフィードバック
​・不確かな状況で制御するという逆説」
(P93)

​「プレイヤーにフロー状態を作り出したければ、助言は一言にまとめられる。意味ある遊びをデザインすることだ。」(P93)
「フローは精神状態であり、意味ある遊びはゲームデザインへの取り組み方だ。」(P93-94)
「フローであるということは、その活動に豊かで意味のある参加をしていることを表している。」(P94)
「あらゆるフローを結び付けているのは、当事者が経験する最高の幸せである。」(P94)

​引用の通り、フローはゲーム固有のものではなく、ゲームプレイヤーが幸運にも到達することができた精神状態であり、あくまで状態を言い表した言葉です。
​言うならばゲームで遊ぶことによってフロー状態を作り出せるということがはっきりしただけで、その仕組みを説明したものではありません。
そのため、本書ではゲームデザインのための数ある道具の一つとして扱われます。
​フロー状態が生み出せていれば(少なくともある程度は)良いゲームと言える、といった具合です。

次に考察されるのが、プレイヤーがゲームで遊び続けられる理由。
特に、​同じゲームを何回も遊んでもやっぱり楽しい、という経験は誰にでもあると思いますが、以下はそれに対する回答のようなものです。

『プレイヤーがその空間を通ってゆく経験の道筋は、そのゲームで遊ぶつど変わる。ゲームのルール、その形式構造は固定したままであるにもかかわらず、ゲームの遊びはそのつど唯一のものとなるのだ。ゲームのこうした性質、つまりゲームが毎回同じ一貫した構造を提供するものでありながら、遊ぶつど違う経験と結果になることこそが、遊びを維持し、促す強力な原動力なのである。この考え方を、手短に「同じなのに違う」と呼ぶことにしよう。』(P97)

同じゲームを繰り返し遊んでも楽しめることの端的な理由をあらわしています。
​「ゲーム理論」の章で見てきたように、無数とも言える可能な選択によって経験を生み出すメディアだからこそできることでしょう(腑に落ちない人は決定木を思い出してください)。


​次に考察されるのはゲームにおけるプレイヤーの目標です。

​「ゲームの楽しさを理解しようという場合、目標は疑う余地なく重要な役割を演じる。」(P102)

「大局的な水準でのゲームの楽しさがプレイヤーの目標追求だとしたら、局所的な水準は、プレイヤーが中核となる仕組みに取り組むことである。そうだとしたら、この二つの遊びの水準をつなぐのは何か。それは短期目標だ。」(P104)

ここでの「目標」はごく一般的な意味です。
最終目標とはゲームのクリアですが、短期目標には様々あり、アイテムを手に入れる、レベルを上げる、ダンジョンを攻略する・・など色々あります。
そういった最終目標や短期目標へとプレイヤーを向かわせる仕組みを分析するため、​心理学の行動理論から「オペラント行動」の理論を借りています。

「オペラント行動(中略)とは、(中略)ある行動に対して、それを促すような刺激が与えられることで、その行動の頻度が高まる現象を指す。」(P109・脚注)

​ラットの実験を例に、オペラント行動における「刺激」が説明されています。
​正の強化:行動に対する肯定的な報酬
負の強化:不快なものを取り除くという意味での報酬
罰:行動に対して不快さを与えること

それぞれ、ゲームにおける実例を見てみましょう。
​正の強化:ボーナス得点をもらう、残機が増える、アイテムがもらえるなど
​負の強化:状態異常の回復など
​罰:敵にダメージを与えられる、残機を減らされる、装備が初期状態に戻る、ステージの最初に戻されるなど

こういった具合に分類できると思います。
​少し例を考えただけでも、いかにゲームが報酬(正の強化・負の強化)と罰を巧みに使い分けているかが理解できると思います。


​「報酬」に着目し、それを更に類型化すると以下のようになります。
​(ニール・ハルフォード、ハナ・ハルフォードによるもの)

・名誉の報酬:マップの踏破率を100%にする、高難度な実績を解除するなど
​・維持の報酬:各種の回復薬、弾薬などゲームにおける資源
​・アクセスの報酬:新しいエリアの開放、そのための鍵など
​・能力の報酬:プレイヤーキャラの新しい運動能力や機能など
​(P111-112より抜粋・加筆)


これらの報酬は周期によってプレイヤーに与えられます。これを「強化スケジュール」と呼びます。
強化スケジュールには固定した強化と変動する強化があります。

仝把蠅靴振化:「報酬や罰が、安定して継続的な比率で生じるということ」(P113)
 固定比率:「行動が何回か取られるごとに結果が生じるということ」(P113)
​ 固定周期:「強化と強化のあいだにある一定時間のこと」(P113)
​ 例)オンラインゲームにおけるログインボーナスなど。

∧册阿垢覿化:「報酬と罰は不規則な周期でやってくる」(P114)
 変動比率:「不規則な周期をおいて結果が生じるということ」(P114)
​ 変動周期:報酬と罰がランダムな時間の周期で生じること
 例)オンラインゲームのガチャやスクラッチの景品など。


​この章ではゲームがプレイヤーに楽しさを与える仕組みを分析してきました。
とりあげられたそれぞれの概念はやや厳密さには欠けますが、レビューから評論に一歩近づくための基礎にはなってくれそうですね。
: ゲーム研究 : 20:23 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』 要約その1「遊びを定義する」
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(下)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光
 
今回の要約範囲: ユニット3 第22章 遊びを定義する(P7-31)


この章では、今まで扱ってきた​「遊び」について、厳密な定義を行います。

​本書でこれまで扱ってきた遊びの分類

​​.押璽爐陵靴
 「形が整えられたやりとりで、プレイヤーがゲームのルールに従って、遊びを通じてそのシステムを経験するときに生じるものだ。」(P11)
​⇒卦些萋
​ 『人が「遊び(playing)」という語で思い浮かべるようなゲーム以外の行動も含んだ遊びの活動だ。』(P12)
​ これまで「ゆるい遊び」と呼んできたようなものとゲームを含む。
5困
​ 「よくある遊びの活動でだけでなく、気持ちの上で戯れている状態にあるという観念」(P12)
 明確に「遊び」とは呼ばれずとも、軽くふざけたりじゃれ合ったりするような状態。ゲームや遊戯活動も含む。

 
以上が今まで扱ってきた遊びの分類ですが、「遊び」は「ハンドルの遊び」など日常的に様々な意味で使われ、何かしらの楽しむ活動としての遊びだけに使われる言葉ではありません。
そこで、「遊び」の一般的な意味での(=様々な意味の使われ方に当てはまる)定義が試みられます。

「遊びとは、比較的固定した構造の中での自由な動きである。」(P12)
 
これは、「ハンドルの遊び」などの使われ方にも、楽しむ活動としての遊びにもしっかり当てはまる定義です。
この定義を採用した上で、再度遊びの分類を振り返ります。

​.押璽爐陵靴
​「プレイヤーたちが、固定したゲームのルールを運用することで、はじめて遊びが生じる。」(P13)
​ルールという固定された構造を受け入れることで、構造の中での自由な動きが可能となっている。

​⇒卦些萋
​ここではボールを壁に投げて遊ぶ例が紹介されている。
​「ボール遊びを経験する場合、プレイヤーは重力やボールの物質としての性質、建築空間、プレイヤーがボールを投げたり取ったりする運動能力といったもろもろの構造と遊んでいるのである。ボールで遊ぶことは、そうした構造の全体で遊ぶということであり、その限界や境界を試し、その周囲や中での動き方を発見することになるのである。」(P14)
これは言うまでもなくゆるい遊びの例だが、ゆるい遊びにも比較的固定された構造があり、この場合は壁にボールをぶつけて受け取るという一連の構造がある。
​遊戯活動もまた、構造を受け入れることで、その中での自由な動きが可能になっている。

5困譴
​「例えば、くだけた俗語を使うことは、文法という比較的固定したルール構造の中で、言葉と言い回しの自由な動きを見出すことだ。」(P14)

すなわち、「どの場合も、遊びは、固定した構造のおかげで存在している。だが、どうやらその対立する形でも存在している。」(P14)

​固定した構造のおかげで存在している、という一文は感覚的にわかりやすいですね。
しかし、対立する形とは一体どういうことでしょうか。

「壁にボールをはねさせることは、建築の実用上の用途とは食い違っている。それと同時に、その行為は、建築の形式的な構造によって可能となるルールに従っているのであり、そうしたルールから、ある種のやりとりが出てくるのである。(中略)ルールがあるからこそ、あるゲームで遊ぶことができる。だが、そのことと矛盾するようだけれど、ゲームの遊びは、さまざまな面でルールの対極にあるものだ。あらゆる形で、遊びは〔ルールに〕対立し、遊びは抵抗する。」(P14)

つまり、遊びは何かしらの固定した構造を持っているが、遊ぶという行為はそういった固定した構造を受け入れつつ、制服しようとするということでしょう。
ゲームであれば、プレイヤーはルールを受け入れますが、ルールを使いこなし征服しようとします。
​著者はおそらくそういった意味で「対立」と表現しているのだと思います。


遊びとルールの対立の極端な例が「変化をもたらす遊び」です。

「遊びは、当の遊びが行われている固定した構造からはみ出し、ひっくりかえすことがあり、そこから新しく、予測できない結果が生み出される。」(P15)

​変化をもたらす遊びとはすなわち、遊びが外部の何らかの事物を変化させるということでしょう

『くだけた俗語が熟語になり、ついには辞書に載り、もとはといえば〔そうした俗語が〕抵抗していた当の相手である、より大きな文化の構造の一部となってしまうことだってあるかもしれない。遊びが具えているこうした重要なあり方を、「変化をもたらす遊び」と呼ぶことにしよう。』(P15)

​これは戯れが固定された構造を変化させる例です。
ゲームの場合は、対戦型ゲームの定期的なルール修正などのように、遊ばれることによってルールが変更されていく場合があります。


​「例えば、プレイヤーの考える能力は、長い時間をかけて『チェス』を遊んだ結果、変化するかもしない。」(P16)

また、変化させる対象として思考能力などもあげられていますが、本章のまとめには「変化をもたらす遊びは(中略)固定した構造をさまざまな仕方で変化させる」(P31)とあります。
​固定した構造とはゲームの場合ルールだけを指すのかと思いましたが、どうにもそうではないようです。
(ゲームの場合、)ルールをはじめ、遊ばれる環境や状況などのその他の要素も変化の対象として含んでいるようです。
※「変化をもたらす遊び」は26章で再び取り上げられますが、遊びやゲームは虚構だが現実(日常)に少なからず影響を与えるという意味で使われていることがわかります。

「遊びというものは、それを成り立たせる構造と、それに対立するものとの両方があるからこそ成り立つのである。」(P19)

​本章で最低限おさえておくべきはこの一文です。
: ゲーム研究 : 04:04 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』 全体のまとめ
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光
 
今回は上巻全体のまとめを行います。
​最後にゲーム評論に使えそうな部分を再度まとめます。


機ゥ押璽爐猟蟲舛防要な各種概念
 
1.「意味ある遊び」2つの定義
ゲームデザインの目的とは、意味ある遊びを生み出すことである。
 
\睫世垢訥蟲
 プレイヤーの行為とシステムがとる結果の関係から生じるもの。単に、行為に対して結果がついてくる遊びという意味。
 最低限、ゲームと呼ばれるものが満たす定義。
 
評価する定義
 ゲームにおける行為と結果の関係がいずれもプレイヤーに認識でき、それがゲーム全体の文脈へと統合されたときに生じるもの。
 良い(よくできた)ゲームの最低限の条件。

 
2.ゲームデザインにおける「デザイン」とは
ゲームデザインにおけるデザインとは文脈を作る過程であり、その文脈から様々な意味が生まれる。
文脈とは解釈を方向付けるものであり、「ゲームの文脈は、空間、物体、物語、行動といった形をとる。」(P71)

紛らわしいのが「構造」との違いで、「記号論で言う構造とは、記号もしくはシステムの要素がいかに結びつくかということを規定した規則や指針のことだ。」(P83)とある。

ゲームでは、ルールが言語における文法(=構造)にあたる。
文脈の総体が「システム」であると言えるでしょう。


3.「システム」
ゲームデザイナーがデザインしているものは「システム」である。
 
「システムとは、ある環境の中で相互に作用し合いながら、個々の部分から生じるものとは異なった大きなパターンを作り出す、そうした事物の集まりである。」(P95)
 
システムは以下の要素から構成されている。
 
・構成要素:部分、部品、パーツ。
・属性:システム全体や、システムを構成する部分・パーツ、それぞれの特徴、カテゴリ。
・内的な関係:部分・パーツ同士の関係。
・環境:システムに対する解釈を方向づけるもの。
 
ゲームには、形式的なルールのシステム、経験に関わるシステム、文化のシステムという主に3つの捉え方がある。
 
・形式的なルールのシステム:プレイヤーの経験や文化的側面などを考慮に入れず、厳密にルールのシステムとして捉える。
・経験に関わるシステム:単なるルールのシステムとして考えるのではなく、プレイヤー同士やプレイヤーとゲームのやり取りのシステムとして捉える。プレイヤー個人が実際に経験することに注目する。
・文化のシステム:最も広い視点。ゲーム全体にとっての個々の作品の位置づけや遊ばれ方、などに着目する。

次が閉じたシステムと開いたシステムという区分。

・閉じたシステム:環境と交換(何かしらのやり取り)をしない、自立したシステム。
・開いたシステム:環境と交換する(何かしらのやり取りをする)システム。

ゲームは閉じたシステムとも開いたシステムとも捉えることができる。
​ルールのシステムとして捉えた場合、環境と交換しない(環境はルールに影響を与えない)ので閉じたシステムととらえられるが、経験に関わるシステム、文化のシステムとして見れば明らかに開いたシステムである。


​4.「インタラクティヴィティ」
「インタラクティヴィティ」の意味・使われ方は以下の通り。
 
’知のインタラクティヴィティ、あるいは、解釈の関わり方。
 解釈することでの作品との関わり。書かれた文章などを頭の中で時系列にまとめ、情景を想像する・・・など。

機能のインタラクティヴィティ、あるいは、実用の関わり方。
 使用者が画面などのインターフェースを通じてボタンを押す、それに対してシステムが応答するという一連の流れなど。

L棲里淵ぅ鵐織薀ティヴィティ、あるいは、デザインされた選択と手順の関わり方。
 ここには、選択、ランダムに生じる出来事、動的に変化するシミュレーション、インタラクティヴな体験のためにプログラムされたその他の手順が含まれる。要するにゲーム特有のインタラクティヴィティ。

い發里鯆兇┐織ぅ鵐織薀ティヴィティ、あるいは、ものと文化の関わり方。
 いわゆる二次創作などがこれにあたる。

ゲーム特有のインタラクティヴィティはの「選択」。
 
選択には2つの水準がある。
・ミクロな水準:プレイヤーのその都度その都度の選択。攻撃手段を選ぶ、装備を選ぶ、選択肢を選ぶなど。
・マクロな水準:より大きな指針に関わるもので、例えばどんな装備で敵に挑むか、レベルはどのくらいまで上げるかなど。

選択の過程は以下の通り。
.廛譽ぅ筺爾冒択が与えられる前に何が生じているか。(内部の出来事)
▲廛譽ぅ筺爾紡个靴徳択肢はどのように提示されるか(外部の出来事)
プレイヤーはどのように選択するか(内部の出来事)
ち択の結果はどうなるか。その選択の結果は、将来の選択にどう影響するか。(内部の出来事)
チ択の結果は、どのようにプレイヤーに伝えられるか。(外部の出来事)

「選択には、このような五つの段階があり、(中略)それぞれの段階はいずれも、ゲームの内部か外部で生じる出来事である。内部での出来事は、選択のシステムとしての処理に関連している。外部での出来事は、選択をプレイヤーに向けて提示することに関連している。この二つの分類は、内部でのゲームの状態によって行為が処理される場面と、その行為をプレイヤーに知らせることを区別する。ゲームは、内部での出来事を外部に向けて表現するというこの考え方は、ゲームとは情報を記憶するシステムであるということを含意している。」(P126)

内部とはゲーム進行の処理であり、外部とはゲーム進行のプレイヤーへの提示である。
ゲームを情報を記憶するシステムと考えるため、情報を処理し、外部に向けて提示すると考える。
「選択」は一定の過程(上述の 銑ァ砲鮟朶弔垢襪茲Δ砲靴匿覆燹それぞれの過程は、内部の出来事(処理)と外部の出来事(提示)に分けられる。
アナログゲームでは内部の出来事(処理)と外部の出来事(提示)が一致するが、デジタルゲームでは内部の出来事(処理)をプレイヤーが直接認識することはできず(仮に直接見たとしてもただの数字の羅列)、プレイヤーが認識できるのは外部の出来事(提示)だけである。

​可能性の空間とは
「ゲームデザイナーの仕事は、あくまでも遊びが行われる構造と状況をデザインして、プレイヤーの行動を間接的に形作ることなのだ。こんなふうにゲームデザインに含まれている、将来生じることになる行動の空間を可能性の空間と呼ぶ。つまり、これは、あるゲームで生じる可能性のある、あらゆる可能な行動の空間であり、ゲームデザインから生じうる、あらゆる可能な意味の空間である。(中略)可能性の空間とはデザインされるものであり(中略)、そこから意味が生じるも のであり(中略)システムであり(中略)インタラクティヴである(中略)可能性の空間とはプレイヤーが、そのゲームを経験してゆく中で探索したり遊びま わったり、競争したり協力するための遊び場なのだ。」(P132)


 
供ゥ押璽爐猟蟲舛反渕
 
1.ゲームを定義する
ゲームの定義
「ゲームとは、プレイヤーがルールで決められた人工的な対立に参加するシステムであり、定量化できる結果が生じる。この定義の鍵となる要素は、ゲームがシステム であること、プレイヤーがシステムとやりとりすること、ゲームとは対立の例であり、その対立は人工的に作り出されたものであること、ルールは、プレイヤー の行動を制限し、ゲームを定義すること、どんなゲームにも定量化できる結果、もしくは目標があること。」(P169)
 
「人工的な」という表現は、「ゲーム」という言葉が政治や経済、あるいは実生活での駆け引きなどにも使われるため、実生活での駆け引き、比喩表現としての「ゲーム」と明確に区別する意味がある。
「定量化」は「数値化」・「得点化」とも言い換えられる。ゲームの結末には必ず勝敗があり、得点などの数値をつけられる。

これは「ゲーム」と「ゆるい遊び」を区別する意味がある。
MO、MMOなどは明確な唯一の目標(どのプレイヤーにも共通の目標)がないため、ゲームの境界例としてとらえられる。
プレイヤーの遊び方によって、ゆるい遊びにもゲームにもなる。

​「遊び」と「ゲーム」という言葉の関係はやや複雑だが、広い意味での「遊び」にゲームは含まれ、ゲームの中にまた「遊び」(ゆるい遊び)が含まれていると捉える。

 
2.デジタルゲームの特徴
・デジタルゲームの特徴
‖┷造埜造蕕譴燭笋蠅箸蝓単純なやり取りをリアルタイムで行うことを可能にしている。
⊂霾鵑亮茲螳靴ぁД廛譽ぅ筺爾望霾鵑魃したり、アナログでは不可能な大量の情報記憶を可能としている。
自動化された複雑なシステム:極めて複雑なルールでも自動化によって高速かつ正確に処理できる。
ぅ優奪肇錙璽による通信:アナログゲームには基本的に不可能な要素であるが、すべてのデジタルゲームに搭載されるわけではない。


3.魔法円
ゲームが遊ばれる空間は日常から切り離され、個々のゲームが持つルールに支配された空間であり、「魔法円」と呼ばれる。
そこでは「楽しもうとする心構え」、つまり「プレイヤーたちがルールが課す制限を受け入れる」(P202)ことが必須となる。
魔法円は壊れやすく、「楽しもうとする心構え」が欠けたプレイヤーが参加すると魔法円は簡単に壊れてしまう。

 
4.「図式」
図式とは物事のとらえ方、考え方の枠組みである。
 
・ルール ― 形式の図式
ルールに着目する図式。プレイヤー個々人の経験や文化的背景、つながりなどは考慮に入れない。最も厳密で数学的・機械的な図式。

・遊び ― 経験の図式
プレイヤー個人が実際に経験することに着目する図式。

・文化 ― 文脈の図式
文化(価値と意味が共有されたシステム。民族や国家など。)に対してゲームがどういう影響を与え、また文化がゲームにどう影響を与えるのかに着目する。


 
掘ゥ襦璽襪猟蟲
 
ゲームのルールとは、魔法円の中でのみ通用する規則である。

ルールの特徴
・ルールはプレイヤーの行動を制限する。
・ルールは明確で曖昧さがない。
・ルールはすべてのプレイヤーに共有される。
・ルールは固定されている。
・ルールは拘束する。
・ルールは繰り返される。
(P250)
 
ゲームのルールには3つの水準がある。ただし、それぞれの境界は曖昧であり、中心に見据えるものが違っているというイメージ。
 
・操作のルール
「人が普通にルールだと考えているもの。つまりそのゲームで遊ぶために、プレイヤーに求められる指針」(P260)
説明書に載っている個々のゲームの遊び方がこれにあたります。
 
・構成のルール
「ゲームの抽象的で中核を担う数学的なルールである。(中略)ただし、プレイヤーがそうしたルールをどのように遂行するかということは、このルールには明示されていない。」(P277)
ゲームの構成要素同士の内的な関係だけを捉えたもの。例えばトランプではダイヤ、ハート、スペード、クローバーの4つのマークがあるが、これらを別のものに書き換えても構成要素の内的な関係は変わらない(当然、問題なく遊ぶことができる)。
 
・暗黙のルール
明記されないがプレイヤー間で共有されるルール。例えばボードゲームで、他のプレイヤーがコマを置くときに邪魔をしてはいけいない、自分のターンが回ってきたときに何十分も何時間も考え込んではいけない・・など。
構成のルールと操作のルールの関係がゲームの形式的な(要するにルールから見た場合の)同一性を形作る。
構成のルールが全く同じでも、操作のルールが変更されていれば別のゲームと見なされる場合が多くある。
ルールは3つの水準で相互作用しながら、最終的にプレイヤーに認識されるルールとなる。


 
検ゥ押璽爐鰺諭垢淵轡好謄爐箸靴童る
 
1.創発システムとしてのゲーム
システムには4つの類型がある。
 
「固定」: 要素同士の関係が全く変化しないシステム
「周期」: 動的ではあるが、要素同士の関係は決まっていて、同じパターンを繰り返すシステム
「複雑」: 要素同士の関係は周期するシステムより込み入っているが、無秩序になるほど動的でもないシステム
「混沌」: 要素同士の関係がでたらめで無秩序なシステム
 
ゲームは様々あるシステムの中でも「複雑」なシステムであり、中でも良いゲームは、様々な「創発」を促すことでプレイヤーに充実した遊びの経験を提供している。

創発とは、「単純なルールから、複雑で予想ができないふるまいのパターンが生じること」(P318)です。

創発(ゲームに限らない)の3つの特徴。
・組み合わせ
 構成要素同士が孤立的な関係になく、組み合わさった関係次第で多様な結果が生じること。
・文脈依存
 構成要素の属性は構成要素の周囲の状況によって決定され、
​ 周囲の状況の変化はまた構成要素の属性を変化させていくということ。
 ※ここでの「文脈」は、「事柄の背景や状況」といった意味で使われている模様。
・ボトムアップ
 ゲームの場合、プレイヤーがゲームの流れを作るのではなく、
 ゲームのシステムの個々の構成要素がプレイヤーの行動を促す形で進行するということ。

「ゲームで遊ぶということは、言い換えればそのゲームの可能性の空間を探ることだ。(中略)システムが創発する場合、ゲーム要素同士にどんな関係が生じるかという可能性を探ることに引き込まれっぱなしになる。(中略)創発するゲームシステムがうまくできていると、プレイヤーがシステムのふるまいの組み合わせを探索するにつれて、新しい経験を提供し続ける。」(P333-334)


2.不確かさのシステムとしてのゲーム
「不確かさは、あらゆるゲームにとって鍵となる要素だ。もしゲームが、前もって完全に確定していたら、プレイヤーがどんな行動をとろうとゲームの結果には、何の影響も及ぼさず、意味ある遊びは生じようがない。」(P386)
 
不確かさには二つの水準がある。
 マクロな水準:どんなゲームにも備わっている不確かさ。例えば、対戦ゲームで実力のわからない相手と戦うなどの場合。
 ミクロな水準:個別のゲーム内システムに組み込まれた不確かさ。例えば、勝敗が不確か(不確定な)戦闘イベントなど。

また、不確かさには3つの段階がある。
 確かさ: あらかじめ結果が決まっていること
 リスク: 一定の情報があらかじめ与えられている不確かさ(不確かである度合いがある程度、もしくは完全にわかること)
 不確かさ: 結果が全く予測できないこと

「くじのような(中略)実際には戦略的な決定の要素がないようなシステムでも、意味ある遊びが生じる」(P367)
「プレイヤーにしてみれば、偶然のシステムをどう舵取りするかを決める機会は、プレイヤーを純然たる運命に抗って進ませ、勝ち残りへの期待を持たせ、ゲームに意味を与える役に立つのである。」(P367)
 
極めて単純なルールでありながら、選択肢のあるくじは十分に意味ある遊びを生み出しうるということ。


3.情報理論システムとしてのゲーム
ここでの情報とは、意味や解釈からは切り離されたものであり、不確かさの度合いを測るもの。
 
「ゲームシステムでは、ほとんど常にプレイヤー間での通信や、システムの各要素のやりとりがある。こうした過程を理解するのに、情報理論は使える。」(P392)
 
ゲームは情報理論システムの一つではありますが、実用的なコミュニケーションツールではないため、ノイズを遊びを生み出す仕掛けとして利用したり、言語同様、ある程度の冗長さも必要である。
 

4.情報システムとしてのゲーム
ここでは情報=知識として扱い、情報(知識)の操作からゲームを分類します。
 
完全情報ゲーム:すべてのプレイヤーがゲームのあらゆる要素をいつでも完全に知っているものを指します。例えばチェスや将棋など。
不完全情報ゲーム:例えば多くのカードゲームのように、相手の手札がお互い見えないようなゲームのことです。情報を隠すことで、プレイヤー間の心理的な読みあい・疑心暗鬼などが発生するようになっています。
 
,垢戮討離廛譽ぅ筺爾知っている情報:各プレイヤーのキル/デス スコア、残り時間など
一人のプレイヤーだけ知っている情報:残弾や残りHP、視界に入っている物など
ゲームだけが知っている情報:BOTの行動パターンや性能など
ぅ薀鵐瀬爐棒言された情報:自動チームシャッフル(オートバランス)の結果など

「客観情報は、ゲームシステムの内部的な情報の構造だ。知覚された情報は、プレイヤーが遊びを通じて観察し、入手する情報である。」(P434)

 
5.サイバネティックとしてのゲーム
サイバネティクスとは、環境から何らかの入力を受け取り、それに応じた出力を返し、環境へ何かしらの影響を及ぼすようなものです。
 
感知器:「環境やシステムの内部状態について、何事かを感知する」(P441)
比較器:「感知器の記録の結果、システムを変化させる必要があるか否かを決める」(P441)
実行器:「変化を生じさせる」(P441)
 
正のフィードバック:実行器が環境に与える影響が増すように仕向けるフィードバック
負のフィードバック:実行器が環境に与える影響が一定になる、あるいは安定するように仕向けるフィードバック
 
フィードバックシステムは、あくまでゲームの一部分に組み込まれ、利用されている機能。

・負のフィードバックはゲームを安定させる。
・正のフィードバックはゲームを不安定にさせる。
・負のフィードバックは、ゲームを長引かせる。
・正のフィードバックは、ゲームを終わらせる。
・正のフィードバックは、成功を速める。
・負のフィードバックは、成功を遅くする。
(P468より)


6.ゲーム理論システムとしてのゲーム
難易度やゲームバランスの面からみてよく調整されたゲームとは、最適解がなく、多様な戦略がそれぞれ一長一短になっているものでしょう。


7.対立のシステムとしてのゲーム
◇対立の類型
・一対一
・集団対集団
・一対多
・全プレイヤー同士(マルチプレイFPSにおける非チームのデスマッチなど)
・一人のプレイヤーがゲームシステムと競う(一人用パズルゲームなど)
・個々のプレイヤーがゲームに対して並んで競う(フィギュアスケート、体操など個々に判定・評価を受けるもの)
・プレイヤーの集団がゲームに対して協力する(いわゆるCOOPゲーム。L4D、Killing Floorなど。)
(P510から抜粋、()内は加筆)

◇協力の類型
システムによる協力:あらゆるゲームで生じる、魔法円をともに維持しようとする心構えのこと
プレイヤーの協力:いわゆる協力プレイやCOOPでのプレイヤー同士の関係。プレイヤー同士が協力してゲームにおける目標を達成しようとすること。


 
​后ゥ襦璽襪鯒砲
 
ルールを守る・破るといった観点からプレイヤーを分類する
”現狹なプレイヤー: 正直でルールにしっかり従う一般的なプレイヤー。
 
凝るプレイヤー: ルールに従いながら、珍しい戦略や有効な戦略を発見したり編み出したりするプレイヤー。明記されたルール、暗黙のルールともに尊重するが、勝ちへの近道をすること、劣化戦略の使用にはためらいがない。言うならば、勝ちに強いこだわりと執着を持つ上級者。
 
8搬なプレイヤー: 反則にならない程度に、ルール破りのぎりぎりを攻めるプレイヤー。劣化戦略は当然使い、さらに暗黙のルールなどにつけ込んで優位に立とうとする。
 
い瓦泙し屋: ゲームに勝つためこっそりルールを破るプレイヤー。マルチプレイゲームにおけるチートの使用者など。
 
ニ験臆亜А,發呂篷睨 ̄澆涼罎砲呂い覆ぅ廛譽ぅ筺次ルールを守ることにも勝ち負けにも興味がなくただ邪魔をする。

こういった例からは、ゲームはいつでも理想的な状態で遊ばれるわけではないということがわかります。
そのため、主に対戦型のゲームでは、ルールが定期的に修正・調整されるのでしょう。
 
デジタルゲームにはチートコードや裏技といった、本来のルールをねじまげる仕組みがあらかじめ組み込まれていることがある。
そういった機能をどの程度利用するのかはプレイヤーに委ねられています。
いわば、そういった機能をどの程度利用しないかが一つの目標になる。


 
此ネ消漫璽押璽猊章世鳳用できる部分

まず評論を行うためには対象を定義する必要がある。

「ゲームとは、プレイヤーがルールで決められた人工的な対立に参加するシステムであり、定量化できる結果が生じる。この定義の鍵となる要素は、ゲームがシステム であること、プレイヤーがシステムとやりとりすること、ゲームとは対立の例であり、その対立は人工的に作り出されたものであること、ルールは、プレイヤー の行動を制限し、ゲームを定義すること、どんなゲームにも定量化できる結果、もしくは目標があること。」(P169)

 
良いゲームとは、まず、「意味ある遊び」の「評価する定義」を満たしている必要がある。

「意味ある遊び」を「評価する定義」
 ゲームにおける行為と結果の関係がいずれもプレイヤーに認識でき、それがゲーム全体の文脈へと統合されたときに生じる。
 良い(よくできた)ゲームの最低限の条件。


「選択」ができることがゲームの独自性であり、その過程は以下の通り。

.廛譽ぅ筺爾冒択が与えられる前に何が生じているか。(内部の出来事)
▲廛譽ぅ筺爾紡个靴徳択肢はどのように提示されるか(外部の出来事)
プレイヤーはどのように選択するか(内部の出来事)
ち択の結果はどうなるか。その選択の結果は、将来の選択にどう影響するか。(内部の出来事)
チ択の結果は、どのようにプレイヤーに伝えられるか。(外部の出来事)

これらの過程のどこかに不備(選択の結果が伝えられない、選択の結果がその先に影響しないなど)があると「評価する定義」を満たせず、良いゲームとは言えないものになる。
 
ゲームには、形式的なルールのシステム、経験に関わるシステム、文化のシステムという主に3つの捉え方がある。
 
・形式的なルールのシステム
​ プレイヤーの経験や文化的側面などを考慮に入れず、厳密にルールのシステムとして捉える。
・経験に関わるシステム
​ 単なるルールのシステムとして考えるのではなく、プレイヤー同士やプレイヤーとゲームのやり取りのシステムとして捉える。
​ プレイヤー個人が実際に経験することに注目する。
・文化のシステム
 最も広い視点。ゲーム全体にとっての個々の作品の位置づけや遊ばれ方、などに着目する。


​ゲームを理解する枠組み=図式は3種類ある。

・ルール ― 形式の図式
 ルールに着目する図式。
​ プレイヤー個々人の経験や文化的背景、つながりなどは考慮に入れない。最も厳密で数学的・機械的な図式。
・遊び ― 経験の図式
 プレイヤー個人が実際に経験することに着目する図式。
・文化 ― 文脈の図式
 文化(価値と意味が共有されたシステム。民族や国家など。)に対してゲームがどういう影響を与え、
​ また文化がゲームにどう影響を与えるのかに着目する。


創発は起きているか。
​創発とは「単純なルールから、複雑で予想ができないふるまいのパターンが生じること」(P318)。

プレイヤーのその都度その都度の選択の結果は確かか、リスクか、不確かか。
 確かさ: あらかじめ結果が決まっていること
 リスク: 一定の情報があらかじめ与えられている不確かさ(不確かである度合いがある程度、もしくは完全にわかること)
 不確かさ: 結果が全く予測できないこと

情報(知識)のシステムとして見た場合、完全情報ゲームか、不完全情報ゲームか。
 ・すべてのプレイヤーが知っている情報
 ・一人のプレイヤーだけ知っている情報
 ・ゲームだけが知っている情報
 ・ランダムに生成された情報

​フィードバックループがどのように組み込まれているか、活用されているか、活用のされ方は適切か。
 ・正のフィードバック:実行器が環境に与える影響が増すように仕向けるフィードバック
 ・負のフィードバック:実行器が環境に与える影響が一定になる、あるいは安定するように仕向けるフィードバック

​対立・協力の類型の中でどれにあてはまるか。AIとプレイヤーの関係はどうか。


​上巻は以上です。
​ひとまず、ゲームを定義し、最低限まともなゲームと呼べるものを明らかにすることはできました。
​まだ「評論」と呼べる地点には到達できませんが、個々のゲームがどんなものであるか、ある程度正確に描写することはできそうです。
: ゲーム研究 : 04:14 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』 要約その14 第20〜21章
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光

 
1.ユニット2 第20章 対立のシステムとしてのゲーム(P509-542)
この章では、ゲームを「対立」という側面から分析します。「対立」は本書でのゲームの定義にも含まれていますね。
それはプレイヤー対プレイヤーという形だったり、プレイヤー対AIという形だったり、一対多、多対多など色々な形を取ります。
特定の側面から改めて定義を振り返るような章であり、実質ほとんどがゲームの定義についての復習的内容です。
必要な部分を書き留める程度にとどめましょう。

「対立は、あらゆるゲームに本来具わっている要素だ。ゲームにおける対立は、プレイヤーがゲームの目標を達成しようと苦闘する魔法円の中で生じる。」(P541)
そのような対立(競争の仕方)には以下のような種類があります。
 
・一対一
・集団対集団
・一対多
・全プレイヤー同士(マルチプレイFPSにおける非チームのデスマッチなど)
・一人のプレイヤーがゲームシステムと競う(一人用パズルゲームなど)
・個々のプレイヤーがゲームに対して並んで競う(フィギュアスケート、体操など個々に判定・評価を受けるもの)
・プレイヤーの集団がゲームに対して協力する(いわゆるCOOPゲーム。L4D、Killing Floorなど。)
(P510から抜粋、()内は加筆)
 
次が「協力」です。
 
協力には2種類あり、それぞれ「システムによる協力」・「プレイヤーの協力」と呼ばれています。
 
システムによる協力:あらゆるゲームで生じる、魔法円をともに維持しようとする心構えのこと
プレイヤーの協力:いわゆる協力プレイやCOOPでのプレイヤー同士の関係。プレイヤー同士が協力してゲームにおける目標を達成しようとすること。

 
2.ユニット2 第21章 ルールを破るということ(P547-586)
「ここまでのところ、ゲームのプレイヤーをおおむね素朴に描いてきた。つまり、プレイヤーというものは、みんなマジメで注意しながら正直にルールに従って遊ぶ、と仮定してきた。多くのプレイヤーについてはこれで捉えているとしても、これで全員を押さえているわけではない。」(P547)
 
本章では、このような問題設定のもとにプレイヤーの類型を分析します。
類型を要約するとおおむね以下のようになります。
 
”現狹なプレイヤー: 正直でルールにしっかり従う一般的なプレイヤー。
 
凝るプレイヤー: ルールに従いながら、珍しい戦略や有効な戦略を発見したり編み出したりするプレイヤー。明記されたルール、暗黙のルールともに尊重するが、勝ちへの近道をすること、劣化戦略の使用にはためらいがない。言うならば、勝ちに強いこだわりと執着を持つ上級者。
 
8搬なプレイヤー: 反則にならない程度に、ルール破りのぎりぎりを攻めるプレイヤー。劣化戦略は当然使い、さらに暗黙のルールなどにつけ込んで優位に立とうとする。
 
い瓦泙し屋: ゲームに勝つためこっそりルールを破るプレイヤー。マルチプレイゲームにおけるチートの使用者など。

ニ験臆亜А,發呂篷睨 ̄澆涼罎砲呂い覆ぅ廛譽ぅ筺次ルールを守ることにも勝ち負けにも興味がなくただ邪魔をする。

 
◆Νを見ていきましょう。
このタイプのプレイヤーは劣化戦略を構わず使うという点で共通しており、近しい位置にあるといえます。
劣化戦略は一般的に取り除かれるべきものですが、逆に、ゲームの可能性の空間を押し広げる場合もあるという例もあるようです。
対戦ゲームの場合、劣化戦略に対する対策をユーザー自身が発明することがあります。
それ以外にも、劣化戦略が発見されたことでゲームのバランス調整がほどこされるなどの場合も。
 
「ゲームデザインを、過程にあるデザインだと考えることは素晴らしい。つまり、デザインは、時を経て成長・発展し、変わりゆく要望や編み出される戦略に対して、そのつど新たな対応をし続けられるのである。」(P562)
 
これは主にアナログゲーム全般、デジタルゲームであればマルチプレイのゲームに当てはまる言葉です。
アナログゲームにはほとんどの場合ローカルルールやルールのバリエーションがあります。
マルチプレイのゲームでは、見つかった劣化戦略などに対してゲームバランス全体が調整・修正されることがあります。
凝るプレイヤーや姑息なプレイヤーが発見する劣化戦略は、ときにゲームの可能性の空間を押し広げることがある、ということでしょう。
 
それと関連して、ルールに禁止事項が明記されている場合に起こる独特の現象が解説されています。
例としてあげられているのはスポーツにおけるファウルです。
退場させられるリスクを受け入れ、わざと相手チームの優秀な選手にけがをさせ(肘を入れたり足をかけたり)、その後のゲームに出られなくしてしまうなどの行動。また逆に、相手にファウルをなすりつけるためにわざと腕や足をぶつけられるよう動くなどの行動。
世界大会など、凝るプレイヤー(≒姑息なプレイヤー)同士が多く集まる場合にはそこまで珍しくない光景かもしれません。
本来、禁止事項の明記は魔法円を壊そうとするプレイヤーをゲームから締め出すためのものですが、それを明記することによって、皮肉にも一種の劣化戦略として使われてしまうわけです。
 
こういった例からは、ゲームはいつでも理想的な状態で遊ばれるわけではないということがわかります。
そのため、主に対戦型のゲームでは、ルールが定期的に修正・調整されるのでしょう。

 
次に、デジタルゲームにおけるルール破りが考察されています。ルール破りは何もアナログゲームだけにあるものではありません。

まずは「隠し要素」と「チートコード」です。
 
「隠し要素」として想定されているのは、特定の条件を満たすことで表示される開発者からの秘密のメッセージだったり、普通にプレイしていては見つけられない強力なアイテムなどです。これをルール破りの一例としてあげていることは正直あまり納得いかないのですが(※)、ひとまず「チートコード」とは分けて考えられています。
※著者自身、「隠し要素は、普通、ゲームの戦略的な遊びに影響しない」(P575)と述べています。
 
次に「チートコード」。例として紹介されているのは『DOOM』における無敵コマンドです。
裏技と言った方が良いでしょうか。あらかじめシステム内に組み込まれたものを指します。
反対に、ゲームの外部ツールを利用したルール破り(不正)は「ハック」と呼ばれています。

 
ちょっと余談。
ルールとルール破りの関係から見るに、裏技・チートコードの存在は興味深いものです。
ゲームを最も細分化して見た場合、個々のルールに行き着くわけですが、システムの中に本来のルールを無視する仕組みがあらかじめ組み込まれているわけです。
裏技が組み込まれたゲームは別に珍しくありませんし、裏技でなくともクイックセーブやクイックロードなどの本来のルールを大きく捻じ曲げうる仕組みが多くのゲームに組み込まれています。
そういった機能をどの程度利用するのかはプレイヤーに委ねられています。いわば、そういった機能をどの程度利用しないかが一つの目標になるわけですね。
 
本書でのゲームの定義において、プレイヤー自らが目標を見つけてプレイする『シムシティ』や各種のMO、MMOが境界例として紹介されていましたが、そういったゲームに限らず、プレイヤーが自ら目標設定する、遊び方を決めるということは多くのゲームで見られます。

 
上巻は以上です。
次回から下巻に移っていきますが、その前に上巻のまとめを投稿するかもしれません。
: ゲーム研究 : 22:10 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』 要約その13 「ゲーム理論システムとしてのゲーム」
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光
今回の要約範囲: ユニット2 第19章 ゲーム理論システムとしてのゲーム(P473-504)


ここでは「ゲーム理論」を用いてプレイヤーの意思決定の過程を考察します。
 
「ゲーム理論は、合理的な意志決定を研究する経済学の一分野だ。」(P503)とあるように、ゲーム理論で言うゲームは本書で扱っている遊びとしてのゲームとは意味が違います。

ゲーム理論におけるゲームとは、いわばルールの集合体というようなものであり、遊びとしてのゲームだけでなく、社会現象や政治現象などにも応用されるようです。
そういったルールの集合体の中でのプレイヤーが取りうる選択は、「決定木」という樹形図のような形で図示されます。
 
「決定木を作ることは、ゲームの形式構造を理解する強力な手段になりうる。決定木は、本質的にゲームの形式的な可能性の空間の全体像を描く手段である。(中略)ゲームやその他のやりとりのある構造物について、決定木を作れるのは、そこに参加する人の下す決定が互いに不連続であり、その結果を知りうるような場合だ。例えば、アメリカンフットボールのような身体能力にも関わるゲームは、『三目並べ』のような手番を交代するゲームとは違って、図示できるような、それ自体で完結した意思決定の時点というものがない。」(P478)
 
要はリアルタイムで行われるゲームには直接適用できないということですね。
決定木を使って図示できるゲームのタイプが以下のようにまとめられています。
 
・ゲーム中の時間が、手番、もしくは、その他の離散的な単位で進む。
・プレイヤーは、限られた数の明確な決定を下し、それと分かる結果が伴う。
・ゲームが有限である(永久には続かない)
(P479より引用)
 
プレイヤーが取りうる選択を余すところなく記載する決定木は、当然膨大な量になります。
常識的な範囲で考えるならば、比較的単純なゲームでしか完璧な決定木を作ることはできないでしょう。
 
「パウンドストーンによれば、『チェス』の決定木が、判読できる大きさで紙の上に書かれたら、その図は太陽系の大きさになるという。」(P480)
 
そのため本書では、常に完璧な決定木を描くことよりも、実際に扱いやすい範囲で決定木を利用することが提案されています。
例としてあげられているのは、ステージ内での勝敗によってルート分岐するゲームです。
個々のステージや戦闘での1つ1つのプレイヤーの選択全てを決定木として図示するのではなく、ステージクリア、未クリア(条件達成、未達成)などの大局的な視点で扱えば、ゲームにとって有益な形で扱うことができるといいます。
 
「ゲーム理論ゲームは、合理的なプレイヤーから構成されている。このプレイヤーたちは、ある結果を達成するための戦略を同時に示す。その結果とは、厳密に効用で定義できるものだ。たいていの場合、ゲーム理論は二人プレイヤーのゲームに限られる。」(P485)
 
合理的なプレイヤーとは、完璧に論理的・合理的に思考し、戦略にしたがってプレイするプレイヤーのことです。
効用とは、プレイヤーの、ゲームの結果や達成したいことに対する満足度を数値化したものです。
 
このようなゲーム理論におけるゲームについて、本章では「ケーキの分け方」という例があげられています。
まず、二人の子供がケーキを半分こして食べるという状況を想定します。
ここには、自分がより大きい方のケーキを食べたいという利害の対立があります。
しかし、どちらの子供がケーキを切ったとしても、お互いより大きい方のケーキを取ろうとすることが目に見えているため、最も正確に等分することを目指し、選ぶときはほんの少しでも大きい方を選ぶことが最良の戦略ということになります。

これはゲームの「解」、「鞍点」と呼ばれるものです。
 
「ゲーム理論によれば、有限、ゼロサム、二人プレイヤーのゲームには、必ず解(そのゲームの適切なプレイの仕方)があり、合理的プレイヤーであれば、必ずその戦略を取る。」(P494)
 
ゼロサムとは、一方の利益が他方の損失とイコールになっていることを指します。
 
「鞍点という概念は、ゲームデザインにとってもたいへん重要である。一般に、歯石のようなもので、取り除きたいもの。思い出そう。鞍点とは、ゲームの最適解だ。一度プレイヤーが、それを見つけたら、わざわざ他のやり方をする必要はなくなってしまう。」(P496)
 
鞍点はいわゆる劣化戦略(システムやルールの不備を突いてゲームを安易にクリアしてしまうこと)を生み出しやすく、多様なゲーム経験が得られなくなる原因ともなります。

本書における(難易度やゲームバランスの面からみて)よく調整されたゲームとは、最適解がなく、多様な戦略がそれぞれ一長一短になっているものでしょう。


​以下は本章で扱っているゲーム理論、鞍点などの定義からそれるため完全な余談です。
 
最適解が問題視される場合、ということで個人的にパッと思い浮かんだのはマーク携妊▲侫拭璽弌璽福次
このゲームには有名な劣化戦略があり、自機を一番左下に寄せておけば十数面まで攻撃を一切受けず、自動的に進めてしまうといった具合。
ステージが切り替わっているのにも関わらず、解が全く一緒であるということです。しかも割と簡単に見つけられてしまう。
 
しかし最適解が問題にならない場合もあるでしょう。
例えばSTGにおいて、いわゆる「安置」があること自体がゲームの不出来・不備として語られることは多くないように思います。
『R-TYPE』や『雷電』といった名作STGにも安置はありますが、問題視するような意見はあまり見たことがありません。

上記のマーク携妊▲侫拭璽弌璽福爾箸琉磴い鮃佑┐襪函安置を探すこと自体が大変であったり、ボスごとに場所が全く違ったりと、繰り返しプレイする中で最適解を探せるようデザインされているからでしょう。
安置は高難度に対する救済措置でもあります。ただ、これはシングルプレイのゲームだから問題にならないのであり、対戦型のゲームで鞍点が見つかってしまうと皆同じ行動を取るようになってしまうでしょう。
マルチプレイのゲームに定期的にバランス調整が入るのも頷けますね。
: ゲーム研究 : 23:20 : comments(0) :
『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』 要約その12 「サイバネティックシステムとしてのゲーム」

『ルールズ・オブ・プレイ ゲームデザインの基礎(上)』
著者: ケイティ・サレン、エリック・ジマーマン
訳: 山本貴光

今回の要約範囲: ユニット2 第18章 サイバネティックシステムとしてのゲーム(P439-468)

 

この章では、自己調整システムを研究する学問分野「サイバネティクス」を用いてゲームを考察します。

まず、自己調整とはどんなものでしょうか。

 

「サイバネティクスでのシステムの概念は、(中略)入力と出力のやりとりに基づいている。入力とは、そのシステムが、どのように環境をモニターしているかということである。つまり、入力によって、環境からシステムへ影響を及ぼせるようになるのだ。出力とは、システムがどのように行動をとるかということである。つまり、出力とは、システムがどのように環境に影響するかということである。こうした環境とシステムのあいだで行き来する交換を通じて、時間の経過とともに、システムは変化してゆくのだ。」(P440-441)

 

まとめると、サイバネティクスとは、環境から何らかの入力を受け取り、それに応じた出力を返し、環境へ何かしらの影響を及ぼすようなものです。

そのようなサイバネティクスの要素を持つシステム(サイバネティックシステム)には「感知器」「比較器」「実行器」という3つの要素があるといいます。

 

感知器:「環境やシステムの内部状態について、何事かを感知する」(P441)

比較器:「感知器の記録の結果、システムを変化させる必要があるか否かを決める」(P441)

実行器:「変化を生じさせる」(P441)

 

これらを備えたもの、システムのわかりやすい例として冷房があげられています。

冷房の場合、まず温度計・センサー(感知器)が室温を測り、内部のプログラムが室温と設定温度の差を比較し(比較器)、設定温度よりも高い室温を検知した場合は冷風を出す・強める(実行器)といった具合です。

一定時間が経てば当然室温は下がっていき、感知器が感知した室温は(比較器によって)設定温度と一致したことが確認され、実行器は冷風を止めるか弱めるかするでしょう。

こうした一連の流れから、サイバネティックシステムはフィードバックシステム、フィードバックループとも呼ばれます。

 

そのようなフィードバックには正と負があります。

 

正のフィードバック:実行器が環境に与える影響が増すように仕向けるフィードバック

負のフィードバック:実行器が環境に与える影響が一定になる、あるいは安定するように仕向けるフィードバック

 

先ほどの冷房は当然負のフィードバックです。

 

こういったフィードバックシステムをゲームにあてはめて考察したマーク・ルブランの理論が引用されています。

ゲームにおけるフィードバックループは以下のようになっているといいます。

 

ゲーム状態 ⇒ 得点機能 ⇒ コントローラー ⇒ ゲームの仕組みによる偏り ⇒ (ゲーム状態 に戻る)

 

ループがどこから始まるのかは問題ではないのでこの際無視してください。

それぞれの用語を確認しましょう。

 

.押璽狆態

「任意の瞬間におけるゲームの現状」(P447)

例えば対戦ゲームであれば、対戦者同士の体力ゲージはどのくらいか、残り時間は何秒か、現在のラウンド数、使用されているキャラクターは何か…などが現在どうなっているか。プレイヤーの主観的な経験・体験は考慮されず、あくまでゲームの内部的・形式的な面での現状です。

 

得点機能

「システムの感知器であり、ゲーム状態のある側面を測る」(P448)

感知器なので、冷房でいうところの温度計にあたります。

本文に解説が少ないので定かではないですが、おそらくスコアの他、(上記の対戦ゲームの例で言うと)体力ゲージやラウンド数、残り時間といった要素も含まれるのだと思います。

 

コントローラー

「比較器であり、感知器の記録を調べて、行動するか否かを決める。」(P448)

コントローラーそのものというよりは、コントローラーとそれを握っているプレイヤーでしょうか?

相手と自分の体力ゲージや残り時間を見ながら、次にどんな手を使うか判断するため、まさに比較器と言えます。

 

ぅ押璽爐了伝箸澆砲茲詈个

「実行器であり、比較器の決定に従ってオン/オフできる、ゲームの出来事である。」(P448)

レースゲームにおける、いわゆるブースト機能(後続車、周回遅れ等の遅いプレイヤーの車の速度が自動的に上がる)などがこれにあたるでしょうか。

 

 

「ゲームをサイバネティックシステムとして考察する際、必ずしもゲーム全体を一つのフィードバックシステムとして捉えなくてもよいことにはぜひとも注意しよう」(P448)とあるように、ゲーム全体がフィードバックシステムというわけではありません。

フィードバックシステムは、あくまでゲームの一部分に組み込まれ、利用されている機能だということです。

 

負のフィードバックから例を考えましょう。

 

例えばSTGのランク調整(自機のパワーアップ度合い・残機数などに応じて難易度が変化する仕組み。本書では「動的な難易度調整」と呼ばれます)や、マルチプレイFPSにおける自動チームシャッフル(スコアの高いプレイヤーとスコアの低いプレイヤーが均等になるようチームメンバーを入れ替える)、レースゲームのCPUがプレイヤーの順位に合わせてうまくなったり下手になったりする、などがこれにあたります。

負のフィードバックは、腕の良いプレイヤーが緊張感をもって最後までプレイできるようにし、反対に腕の悪いプレイヤーへの救済措置になっています。ゲームの状況を安定に向かわせることで、結果をより不確かなものにしているのです。

 

正のフィードバックも同じくらいの頻度で利用されており、例えば格ゲーで、連続で攻撃を与えた(受けた)際に起こるピヨり(スタン)、あるいは追い打ち攻撃などがそれです。

 

「正のフィードバックシステムは、本来不安定で、ゲームシステムを決まった結果へと向かわせる。そこで、たいていは、そのフィードバックループの加速を制限するような、ほかのゲーム要素によって働きを鈍らせてある。」(P456)

 

バーチャロン(オラタンとフォース)におけるダウン攻撃について考えてみると、ダウン時は攻撃が1発しか入らないようになっており、なおかつダメージも立ち状態と比べてかなり少なくなっています。

「ほかのゲーム要素」というのはこのようなルール上の制約であったり、他のフィードバックループであったりします。

 

 

最後に、正のフィードバック、負のフィードバックがゲームにもたらす影響について引用し、今回は終わりたいと思います。

以下、P468から引用。

 

・負のフィードバックはゲームを安定させる。

・正のフィードバックはゲームを不安定にさせる。

 

・負のフィードバックは、ゲームを長引かせる。

・正のフィードバックは、ゲームを終わらせる。

 

・正のフィードバックは、成功を速める。

・負のフィードバックは、成功を遅くする。

: ゲーム研究 : 11:54 : comments(0) :
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